謎の努力をし過ぎてました。
フローラさん こんにちは、少々遅ればせながら5月のお返事と宣言です。 今回のお手紙の中では、とくに なぜ人はわざわざ自分から何かに挑みにいくのだろう。 何もしなくたって、手の中にある幸福を味わっているだけで 勝手にあっちから何かはやってくるのにというお言葉は刺さりました。 本当になぜなのでしょうか。笑 私は、物心ついてから、立ち止まる/ゆっくりする/なにもしないは 悪だと思い続けて、止まらないことだけをとにかく意識して生きてきました。 これは親に教わった価値観とかではなく、生まれ持った性格特性として、物心ついてからずっとそうでした。 動いていないということができない、刺激をわざわざ浴びにいってるような性格です。 そのままポリシーのままずっと生きてきたので 人よりも多くのことに挑戦してきて得られたことがあるのは確かなのですが それと引き換えに、身体はいつも緊張していて緩まれない、常に現状をみて幸せだと噛み締めることができない、 もっと!という向上心のような強迫観念みたいなものに取りつかれてるんだなと大人になってから、冷静に思えるようになりました。 そう思って、自分のこれまでを少し疑うようになってから、 目につく人たちが変わり、色々な生き方がもっと見えるようになりました。 そうすると、緊張せず緩んでいる人の方がより成功していたり 昭和の体育会ノリで負荷をかけて頑張る!!みたいなことではなく、 自分の器の中で着実に、心のゆとりを持って 追い風が来てる時に、一気に流れのまま進んでいる人の方が 素敵だし、遠くへいけてるし、三方良しで進んでるし、いいなあと思うようになりました。 こんなことを去年1年間で自覚した途端、色々なものを断捨離する流れになったのと 自分の昔ながらの考えを手放すタイミングや出来事や周りにいてくれる人が変わってきて、もういよいよ楽に生きようと思えるようになりました。笑 そのためには言葉の定義を正しく・しっかりと持つことも大切ですね。 フローラさんの努力はしましょう、我慢はせずに。とどこかで仰っていた言葉がよぎりました。 私は思い込みが激しいので、なんでもひとまとめにして言葉を理解したような気持ちになり 時には、その勝手にひとまとめた言葉に鼓舞されて、謎の努力をし過ぎてました。 【著書】 2024年2月刊行
2022年2月刊行
【妖精の庭】
