人生のストラテジー



あけましておめでとうございます。
年末年始を日本で過ごし、ドバイに戻って来ました。
日本に帰るたびに、日本って最高!と思い、ドバイに戻るたびに、ドバイって最高!と思います。過ごしやすい国が地球上に二か所もあるなんて、なんて有難いのでしょう。


みなさん、いかがお過ごしでしょうか。
日常が始まりましたね。こちらも学校が始まりました。今は、近所のカフェでこれを書いています。
ハムとチーズを挟んだバゲットサンドを食べているのですが、付け合わせのサラダを口に入れたとき、わぁなんて心地よいのだろうと思いました。食べ物を口に入れて心地よいと思ったのは初めてかもしれません。美味しいではなく、心地よい。口の中に触れる感覚が気持ちよかったのです。感度が上がっています。新年から幸先いいなぁと、嬉しい気持ちでこれを書いています。あぁ、いい天気だなぁ。おはようサンシャイン。




この休み期間中、エネルギー哲学について考えていました。

年末の東京で、京都で、認定講師やGrandir会のメンバーと一緒に過ごしました。ビジネスを通した集まりですが、ビジネスの話は誰もせず笑、家族でも友人でもありませんが大切な人たちです。彼女たちが嬉しそうにしていることが嬉しくて、それを見ている時間が幸せです。講師という立場でそこにいますが、そんなのはたまたまのことであって、幸せでいて欲しいと思う人たちが目の前にいることに、ただ良かったと思う心地のよい時間でした。エネルギー哲学という共通言語のある人たちとの時間は、自分が整う時間でもありますね。

エネルギー哲学は、わたしが体験したこと、見てきたことだけを体系化し言語化したものです。見えない世界と言っていますが、それはこの世を見える世界だけで語るのはあまりに乱暴だからであって、超常現象の話をしているわけではありません。


文明が発達し、生命の危機に陥ることは少なくなりました。わたしたちの今の生活は、かつて多くの人たちが願ってやまなかった幸福そのものです。暖かい家、布団、衣類、食事、家族一緒に暮らせること、教育が受けられること。しかし、幸福に辿りついた今、また新しい不幸が生まれています。人は成功することでは幸福になれないと、人間が証明しているということです。

では、人は何を目指して生きていけば良いのか。それは、成功ではなく存続することだと思います。生きるとは、生き延びることです。


この世は常に動き続けています。変わらないものなど何もなく、常に変化し、何もそこに留めておくことはできません。手に入れたと思ったものはどれも借り物で、所有したかのような錯覚をしたところでいつかは返さなければなりません。
ここではないどこかに向かって、上を見て、前を見て、どこかに辿り着けば幸福になれると思っている人はたくさんいます。しかしそれはまったくの見当違いです。お金持ちになれば悩みが消えてなくなる、そんなことはないということです。

常に変化するのです。ですから、どんな状況になっても、常に判断が必要なのです。どこかに辿り着いても、永遠の安心などありません。もし安心があるとしたなら、選択できる自分になることだけでしょう。

わたしたちはどの道を選んでもかまいません。なぜなら、辿り着く場所は同じだからです。動き続けるものが収束する場所は、必ず調和のとれた場所です。ですから、わたしたちは何を選んでも、何をしても構わない。ただ、選んではいけない道は明確に決まっています。それがわかるようになることが、エネルギー哲学なのかもしれません。

人間に欲があることは否定しません。わたし自身も世俗のど真ん中にいます。会社経営者(お金、選択、責任)ですからね。
わたしが地味に静かに生きる理由は、悟っているのではなく、極端に現実的だからです。どうしたら幸福が壊れるのかを知っているからです。わたしは、絶対に不幸にならないと決めて生きているので、成功よりも存続することを大切にします。山の頂上だけを見ていてはダメなのです。山を降りるところまでが人生です。その過程のすべてに優しい眼差しを向けて生きる。そのために何ができるのか、どう生きていけばそうあれるのかを伝えているのがエネルギー哲学です。


エネルギー哲学に集まってくださる方は、優秀な方が多いです。500億円超の会社経営者、医師、弁護士、会計士、東大卒、京大卒、生まれたときから裕福な方など、分かりやすく努力や能力が形となっている方がたくさんいます。そうした方々がわたしの話を聞きにくる理由は、憧れでも期待でもありません。それらの期待を持ってくる人も一定数いますが、それが叶うことはありませんので失望して去っていきます。

ここにいる人たちは、エネルギー哲学が何であるかを肌でわかっている人たちだと思っています。
エネルギー哲学は、何にも当てはまりません。定義を与えてしまうと、誠実さを固定してしまうことになりますのでそれはしません。定義する言葉を持たない人に扱えるほど、エネルギー哲学は簡単ではありません。ですから、言葉を持たない人たちにとっては自己啓発でスピリチュアルです。

多くの人は正解がある前提で生きています。集団の平均に身を預け、自分の選択を役割や物語に委ねています。否定しているのではありません。それもまた社会で生きるための、多数派の適応戦略です。別の合理性の中を生きているだけなので、否定されるべきことではありません。
エネルギー哲学が真の意味でわかると、正解がないことが前提になります。毎回自分で判断し、役割や物語に自分が回収されることを善しとしなくなります。役割に身を預けているうちは、他者にコントロールされる人生です。そして、誰かをコントロールし続ける人生になります。

そんな生き方は厳しいと思うかもしれませんが違います。これ以外のやり方だと、うまくいかないのです。無理はしていません。強くなることをしているのではなく、合わないことをしていないだけです。正しさを証明しない生き方は、地味で、目立たず、しかし確実に、幸福を次の幸福に繋いでくれます。

エネルギー哲学は生き物の生存戦略です。人生論でも成功法則でもありません。壊れることを許さない、意地でも幸福を選び続けると決めた人間の「人生のストラテジー」なのです。




本年も何卒よろしくお願いいたします。

幸福に生きてまいりましょう。



ごきげんよう。



須王フローラ