いずれプロフィールも
書かなければと思っていますが、
せっかくブログという形で
みなさんと思いをシェア
させていただいているので
「私の話」も色々と書いていきますね。
 
きっとそれが
一番の自己紹介になると思いますので。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私が自分の霊能を思い出したのは
30歳を過ぎてからでした
(2019.6現在37歳)。
 
 
 
 
脳の手術を受けた後、
突然自分の周りに
金色の粉が降るように
なったのが始まりです。
 
 
 
 
脳の手術を受けた直後だったので
後遺症なのではないかと
検査を受けました。
でも結果には何も出ません。
では眼科ではどうか。
やはり何も出ませんでした。
 
 
 
 
元々スピリチュアルの世界に
興味があったわけではありません。
 
 
 
 
高校生の頃、友人と話していると
その子の家が視えて、
間取りや家具の配置がわかるとか
 
大学生の頃、
海辺で人間ではない
ヒトのようなものを視たりとか
 
友人の隣に、
幼い頃亡くなった弟が視えたりとか
 
 
 
 
思い返せばそんなエピソードは
いくつかありますが、
いかんせん10代〜20代の若い頃の話。
 
 
 
 
 
特別な能力がある自分に
憧れているのだろう。
漫画や映画の影響だろう。
そう思っていました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
しかし、脳の手術後
金色の粉が視えるようになると
次から次へと視えるものが
増えていきました。
聴こえることも、
分かる(思い出す)ことも
増えていったのです。
 
 
 
 
 
そしてその頃には
(もう私には子どもが
いたのですけれど)
子どもも見えないものが
見えると言うのです。
 
教えてもいないチャクラ。
位置も色も教えていません。
 
でも子どもには
丸い玉として
チャクラが視えていました。
 
お母さんには全部の色が見えるよ、と。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
またふとした時に思い出しました。
 
あぁ、母も私たちと同じだったな。
 
 
 
 
 
 
 
 
私は小学校に上がる前に
母の師匠に私の能力を
閉じてもらったことも
思い出しました。
 
きっとそのままでは
生きづらいとの
判断だったのでしょう。
 
 
 
 
しかし、母は私が小学生の頃に
亡くなってしまいます。
こんな話を母とすることもなく
再び能力が開かれることもなく
30歳過ぎまで
きてしまったというわけです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
視えるものが増えても、
聴こえるものが増えても、
最初は半信半疑でした。
 
視えても
意味がわからないですし、
聴こえても
「そうですか」というしかない。
 
いつか答えがわかる日が
来るのかなと思いながら
日々を過ごしていました。
 
 
 
 
 
でもですね、ふとした瞬間、
またふとした瞬間に
思い出していくんですね。
色々なことの合点がいき始める。
 
そうやって車輪が回り始めると
もう止まらないわけです。
 
私が違う世界を視ていることに
気付く人が現れはじめ、
私より先を行く先輩たちに
どんどん縁ができていき、
たくさんのことを教わりました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
で、ですね、
こうなるのには
大きな転機があったのですよ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
私はずっと
視えようが聴こえようが
そんなものはエンターテイメント
だと思っていたんです。
 
 
 
あなたのオーラは何色です。
あなたの過去世はこうでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

だからどうしたwww

 
 
 
と、ずっと思ってたのです。
なんの生産性もないな、と。
当てっこクイズだな、と。
そんなのどうでもいいことだな、と。
 
 
 
 
でも、とある方にお話を
聞いてもらっている時に
一瞬で価値観が
ひっくり返ってしまったんです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
母のことを聞いていました。
 
 
 
私は母が亡くなってから
何度も何度も
母に話しかけているのに、
母はちっとも
応えてくれませんでした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
お母さん、気付いて
あげられなくてごめんなさい。
 
お母さん、死なせてごめんね。
 
お母さん、今何してますか。
 
お母さん、私のこと好きでしたか。
 
お母さん、私といて幸せでしたか。
 
 
 
 
 
何度聞いても
応えてはくれませんでした。
 
  
 
 
 
 
でも、なぜ応えてくれなかったかも、
母が何を思っていたかも
その方を通して初めてわかったんです。
 
それは、はっきりと母でした。
 
 
 
 
母が亡くなってからの25年が
一度に許された気がしました。
 
泣けて泣けて仕方がなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その時、わかりました。
 
 
 
 
 
エンターテイメントなんかではない。
 
人の人生に関わることだ。
 
救われる人が必ずいる。
 
 
 
 
 
 
圧倒的な癒しを体験した私は、
すぐにその方に先生になって欲しいと
お願いをしました。
 
快く引き受けてくださり、
今では私の唯一の師匠です。
 
 
 
 
師匠からはいつもいつも
同じことを言われます。
 
 
 
 
今を本来に戻すことだけをする。
 
今に必要なことだけ。
 
私たちが何かをしているわけではない。
 
自分の中のブレない軸を毎瞬意識する。
 
 
 
 
 
 
 
私はカウンセリングをする前に
毎回師匠の教えを確認します。
 
どうしても芽生えてしまう
「良くなってほしい」を
意識からなくすためです。
 
人の人生に関わらせていただくには
私はまだまだ未熟です。
私の思う良いなんて、
あまりに短絡的で表面的なこと。
 
 
 
 
 
 
今を本来に戻すこと。
 
それだけを考えて
お話を聞くように務めています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今日は、
きっかけのお話でした。
 
 
 
皆さま、良い夜を。
 
ごきげんよう。









須王フローラ